七五三と言ったら付き物は「千歳飴」ですよね。何故かしら、これだけは私も記憶があります。何故でしょうか。
子供心に「こんな大きな飴、見たことない!」という思いだったのかもしれません。
でも、この千歳飴は別に子供を喜ばそうと思って始まったものでもありませんし、この大きな飴を子供に持たせると可愛いという訳でもありません。
では、どうして七五三の時に、千歳飴を使うようになったのでしょうか?
今回は、この「七五三の千歳飴」の由来や意味について調べてみました。
千歳飴の由来
千歳飴(ちとせあめ)が始まった由来については、2つの説があります。
1つは江戸時代に浅草で雨を売っていた男が、紅白の棒状の飴を「千年飴」、「寿命糖」と言う名前を付けて売り始めたというもの。
もう1つは、大阪の商人が江戸に行った際に「長い長い千歳飴を食べると千年もの長寿になる」と言って売り始めたというものがあります。
さすが商人の町、大阪という感じがしますよね。
どちらを取ったとしても「千年」というのがキーワードになったようです。
では何故、「千年飴」ではなく、「千歳飴」なのか?
当時、まだまだ甘いものがあまりなかった時代に、子供だけではなく大人にとっても嬉しいものだったそうです。
そして、長寿の願いをこめて、粘り強く細長い飴を人生になぞらえた縁起物として、千年飴(せんねんあめ)、千歳飴(せんざいあめ)などと名前を変えていき、現在は千歳飴(ちとせあめ)に定着しましたと言われています。
千歳飴はどんな飴なの?
子供にとっては、あまり見ることのない大きさの飴になりますが、実際の大きさとしては、直径 15mm位、長さ 1m以内と決まっているらしいです。
昔は、子供の生存率は今と比べて低かったこともあり、「無事に育って長生きをしてほしい」という願いが強かったのではないでしょうか。
実際、現在の平均身長からみると3歳の男の子で93.3cm、満4歳で100.2cmというデータあります。
昔の日本人は今よりもかなり小さかったので、1mの長さの千歳飴は、3歳の男の子の身長よりも大きかったと考えられます。
このところからも「無事に、長生きをして」という親心を感じることができますよね。
ちなみに、この千歳飴は神社でお参りを済ませたあとに、お祓いをした千歳飴をもらうことが多いようですが、扱っていない神社もあるようです。
また、地域によっては、七五三の内祝いに親戚や近所とで贈りあう習慣もあるようです。
千歳飴の袋のデザインの意味は?
縁起物の象徴を集めたというものになりますね。
親の子供に対する愛情の深さがものすごく伝わってきますね。
ちなみに
- 鶴亀・・・「千年亀は万年」というように長生きしてほしいという思い
- 松竹梅・・・「冬でも緑を保つ松や竹、冬を耐えて真っ先に花を咲かせる梅」という意味があり、健康で過ごしてほしいという思い
- 寿は、「めでたい」
というようなさまざまな思いが込められているのが千歳飴になります。
千歳飴は配るものなの?
先ほど、途中でも触れましたが、親類やご近所をまわって千歳飴を配る風習があるようです。
七五三というものが内輪のお祝いごとなので、ご近所と言っても「向こう三軒両隣」ということではなく、子供を通してお付き合いのあるようなご近所さんだけで良いと思います。
また、親戚からお祝いを頂いたそのお返しに千歳飴や赤飯、紅白饅頭などを渡すこともあるようそうです。
編集後記
今も昔もですが、「子供たちは宝物」ということですね。
現代ほど医療の進んでいなかった時代では、子供たちが無事に成長してくれることが、親としての強い願いだったことが受け取れますよね。
しかし、医学が進歩した現代においても、その親心は変わることのないものであり、七五三は日本の風習として根付いていることはとても素晴らしいことだと思います。